戦国時代「黒川千軒」呼ばれていた頃、武田家の金山で働く坑夫と、坑夫の慰安のための遊女たちがここに暮らしていました。しかし武田家は滅亡し、廃山しなければならなくなった時、金山の秘密を知る遊女たちは邪魔になってしまいました。そこで川に演台を作り遊女たちを舞わせ、演台を支えていた藤蔓を切って遊女たちを演台もろとも川へ落としたことから、おいらん渕と呼ばれるようになったそうです。一説では、落ちた遊女のうち幾人かはまだ息があり、麓の村人に助けを求めたけれど、武田家を恐れるあまり村人たちは遊女を見殺しにしたとか。
苦しそうにうなる女の声が聞こえたり、ここを通過した時に何かを轢いてしまった感触があり驚いて振り向いたけれど誰もいない。気のせいかと思って前を向いた瞬間、フロントガラスに血みどろの女が張り付いていた…など、遊女の霊が出るようです。